李C照




李C照

浣溪沙
莫許杯深琥珀濃,
未成沈醉意先融,
疏鐘已應晩來風。

瑞腦香消魂夢斷,
辟寒金小髻鬟鬆,
醒時空對燭花紅。


浣溪沙
許(はなはだ)しく莫(れ)  杯 深く  琥珀 濃きを,
未だ 沈醉を 成さざるに  意 先に 融け,
疏鐘  已に 應ふ  晩來の風に。

瑞腦の 香 消え  魂夢 斷たれ,
辟寒金 小さければ  髻鬟 鬆(ゆる)む,
醒(さ)めし時  空しく對す  燭花の紅きに。


現代語訳と訳註
(本文) 浣溪沙
莫許杯深琥珀濃,未成沈醉意先融,
疏鐘已應晩來風。
瑞腦香消魂夢斷,辟寒金小髻鬟鬆,
醒時空對燭花紅。


(下し文)
浣溪沙
許(はなはだ)しく莫(れ)  杯 深く  琥珀 濃きを,
未だ 沈醉を 成さざるに  意 先に 融け,
疏鐘  已に 應ふ  晩來の風に。

瑞腦の 香 消え  魂夢 斷たれ,
辟寒金 小さければ  髻鬟 鬆(ゆる)む,
醒(さ)めし時  空しく對す  燭花の紅きに。


(現代語訳)
深い杯で琥珀色の濃い酒をそんなに多く飲む必要もない。まだ深く酔わないうちに、気分的にもうすっかりいい心地になって、とろけだしてきた。遠くからのまばらに聞こえてくる鐘の音は、夕方になってから吹き出した風にマッチして、とっくにこたえている。
龍脳の香が燃え尽きてしまったので、夢から覚めてしまった。髪を束ねたクリップ(かんざし)が小さいので、もとどりが弛んでしまった。(眠りや酒から)さめて、むなしくじっとろうそくの紅い焔に向かっている。酒も眠りもどちらも彼女の憂悶を解いてはくれなかった


(訳注)
浣溪沙
・浣溪沙:詞牌の一。詞の形式名。詳しくは「構成について」を参照。表現されている内容から、若い時期のものと推測される。


莫許杯深琥珀濃,未成沈醉意先融,疏鐘已應晩來風。
深い杯で琥珀色の濃い酒をそんなに多く飲む必要もない。まだ深く酔わないうちに、気分的にもうすっかりいい心地になって、とろけだしてきた。遠くからのまばらに聞こえてくる鐘の音は、夕方になってから吹き出した風にマッチして、とっくにこたえている。


莫許:そう多くは必要がない。そんなにも多くはいらない。許(白話)は、許多(白話)で、「多くの」の意。幾許は、幾ばくで、どれほど多くの意。  ・許:非常に。たいへん。ここは「莫許」ではなく「莫訴」という見方があるが、自由に文字を換えてもいいとすれば、全く同感である。「莫許」は、なにかしっくりしないが、「莫訴」は韋莊にも「須愁春漏短,莫訴金杯滿」があり、その後の(「深・杯」「濃・琥珀」ではなくて)「杯・深」「琥珀・濃」という言い方とも、ごく自然につながっていく。詞全体の雰囲気もよく似ており、韋莊とは主張は違うものの、彼の菩薩蠻(勸君今夜須沈醉)と同様な情景を歌っている。
杯深:盃が深い。
琥珀濃:琥珀色の酒が濃くとろりとしている。
未成:まだ…しないうちに。
沈醉:深く酔う。酔っぱらう。酩酊する。
意先融:気分的にうっとりととろけてきた。
疏鐘:(遠くからなので、微かで)まばらに聞こえてくる鐘の音。なお、この二字の部分は、古写本では、缺けている。
已應:すでにこたえる。すでに対応している。
晩來風:夕方になってから吹き出した風。



瑞腦香消魂夢斷,辟寒金小髻鬟鬆,醒時空對燭花紅。
龍脳の香が燃え尽きてしまったので、夢から覚めてしまった。髪を束ねたクリップ(かんざし)が小さいので、もとどりが弛んでしまった。(眠りや酒から)さめて、むなしくじっとろうそくの紅い焔に向かっている。酒も眠りもどちらも彼女の憂悶を解いてはくれなかった
瑞腦:龍脳。香木の一種。彼女は、醉花陰(薄霧濃雲愁永晝)でも「瑞腦消金獣」と瑞脳を使っている。
魂夢:夢の中にいる魂。夢を見ている魂。夢魂。このことばは、詩詞ではよく使われる。
辟寒金:ここでは、髪を束ねて留めたかんざし。昆明國には不思議な鳥がいて、粟のような金の粒を吐いており、その金でかんざしを作り、その髪飾りを辟寒金と呼んだという故事に由来する。
髻鬟:もとどり。女性が頭上に束ねた髪。髪型。
鬆:ゆるい。ゆったりしている。きつくない。
醒時:(眠りや酒から)さめたとき。
空對:むなしく向かっている。



 
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