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三吏三別
49.新安吏
54.潼關吏
52.石壕吏
53.新婚別
51.垂老別
50.無家別


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  杜甫の詩
 三吏三別

52.石壕吏   



52.石壕吏
暮投石壕村,有吏夜捉人。老翁逾牆走,老婦出門看。
吏呼一何怒,婦啼一何苦。聽婦前致詞,三男業城戍。
一男附書至,二男新戰死。存者且偸生,死者長已矣。
室中更無人,惟有乳下孫。孫有母未去,出入無完裙。
老嫗力雖衰,請從吏夜歸。急應河陽役,猶得備晨炊。
夜久語聲絶,如聞泣幽咽。天明登前途,獨與老翁別。





石壕吏 杜甫 三吏三別詩<216>#1 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1028 杜甫詩集700- 307 
石壕吏 杜甫 三吏三別詩<216>#2 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1031 杜甫詩集700- 308
石壕吏 杜甫 三吏三別詩<216>#3 kanbuniinkai紀頌之の漢詩ブログ1034 杜甫詩集700- 309 




53.新婚別
兔絲附蓬麻,引蔓故不長。嫁女與?夫,不如棄路旁。
結發為君妻,席不暖君床。暮婚晨告別,無乃太匆忙。
君行雖不遠,守邊赴河陽。妾身未分明,何以拜姑章
父母養我時,日夜令我藏。生女有所歸,鶏狗亦得將。
君今往死地,沈痛迫中腸。誓欲隨君去,形勢反蒼黄。
勿為新婚念,努力事戎行。婦人在軍中,兵氣恐不揚。
自嗟貧家女,久致羅襦裳。羅襦不複施,對君洗紅妝。
仰視百鳥飛,大小必雙翔。人事多錯忤,與君永相望。

51.垂老別
四郊未寧靜,垂老不得安。子孫陣亡盡,焉用身獨完?
投杖出門去,同行為辛酸。幸有牙齒存,所悲骨髓乾。
男兒既介冑,長揖別上官。老妻臥路啼,歳暮衣裳單。
孰知是死別,且複傷其寒。此去必不歸,還聞勸加餐。
土門壁甚堅,杏園度亦難。勢異業城下,縱死時猶ェ。
人生有離合,豈擇衰盛端。憶昔少壯日,遲回竟長嘆。
萬國盡征戍,烽火被岡巒。積屍草木腥,流血川原丹。
何郷為樂土,安敢尚盤桓。棄絶蓬室居,搨然摧肺肝。

50.無家別
寂寞天寶後,園廬但蒿藜。我裡百餘家,世亂各東西。
存者無消息,死者為塵泥。賤子因陣敗,歸來尋舊蹊。
久行見空巷,日痩氣慘淒。但對狐與狸,豎毛怒我啼。
四鄰何所有,一二老寡妻。宿鳥戀本枝,安辭且窮棲。
方春獨荷鋤,日暮還灌畦。縣吏知我至,召令習鼓丙。
雖從本州役,内顧無所攜。近行只一身,遠去終轉迷。
家郷既蕩盡,遠近理亦齊。永痛長病母,五年委溝溪。
生我不得力,終身兩酸嘶。人生無家別,何以為蒸黎?






石壕吏
暮投石壕邨,有吏夜捉人。
日暮になって石壕の村にはいって泊まることになった。役人が徴兵のため夜になって(壮丁となる)男をつかまえようとしている。 
老翁逾墻走,老婦出門看。」
宿のおじいさんはつかまえられぬようにと垣根をこえて走りだす、おばあさんは門から出て外を見つめている。」
吏呼一何怒,婦啼一何苦。
一体なんであのように役人が大声をだしておこるのか。どうしてあのようにおばあさんが苦しそうに啼いているのだろうか。
聽婦前致詞,三男?城戍。』
おばあさんがすすみでて役人に申しだす所をよくきいていると、次の如くいう、「わたくしに三人の男の児がありますがみんな国のまもりで?城へいっております。』

#2
一男附書至,二男新戰死。
存者且偸生,死者長已矣。」
室中更無人,惟有乳下孫。
有孫母未去,出入無完裙。』
#3
老嫗力雖衰,請從吏夜歸。
急應河陽役,猶得備晨炊。」
夜久語聲絶,如聞泣幽咽。
天明登前途,獨與老翁別。』

石壕の吏   
暮に石壕村に投ず、吏 有り 夜 人を捉【とら】ふ。
老翁  墻【かき】を逾【こ】えて 走【に】げ、老婦  門を出【い】でて 看る。」
吏の呼ぶこと 一【いつ】に何ぞ怒【いか】れる、婦の啼くこと 一【いつ】に何ぞ 苦【はなはだ】しき。
婦の前【すす】みて詞を致すを 聽く、「三男【さんだん】?城【ぎょうじょう】の戍【まも】り。」
#2
一男【いちだん】は書を附して至る、二男【にだん】は新たに戰死す。
存する者は 且【か】つ生を偸【ぬす】む、死者は長【とこし】へに 已【や】んぬ矣【い】。」
室中には更に 人無く、惟(た)だ乳下の孫有り。
孫有りて母 未だ去らず、出入に完裙【かんくん】 無し。』
#3
老嫗【ろうう】力 衰【おとろ】ふと雖も、請【こ】ふ吏に從うて 夜歸らん。
急に河陽【かやう】の役【えき】に 應ぜば、猶ほ「晨炊【しんすゐ】に 備ふるを得ん。」と。」
夜久しくして 語聲絶ゆ、聞くが 如し泣いて幽咽【ゆうえつ】するを。
天明前途に登らんとして、獨【ひと】り老翁と別る。」


現代語訳と訳註
(本文)石壕吏
暮投石壕邨,有吏夜捉人。
老翁逾墻走,老婦出門看。
吏呼一何怒,婦啼一何苦。
聽婦前致詞,三男?城戍。』


(下し文) 石壕の吏  
暮に石壕村に投ず、吏 有り 夜 人を捉【とら】ふ。
老翁  墻【かき】を逾【こ】えて 走【に】げ、老婦  門を出【い】でて 看る。」
吏の呼ぶこと 一【いつ】に何ぞ怒【いか】れる、婦の啼くこと 一【いつ】に何ぞ 苦【はなはだ】しき。
婦の前【すす】みて詞を致すを 聽く、「三男【さんだん】?城【ぎょうじょう】の戍【まも】り。」


(現代語訳)
日暮になって石壕の村にはいって泊まることになった。役人が徴兵のため夜になって(壮丁となる)男をつかまえようとしている。 
宿のおじいさんはつかまえられぬようにと垣根をこえて走りだす、おばあさんは門から出て外を見つめている。」
一体なんであのように役人が大声をだしておこるのか。どうしてあのようにおばあさんが苦しそうに啼いているのだろうか。
おばあさんがすすみでて役人に申しだす所をよくきいていると、次の如くいう、「わたくしに三人の男の児がありますがみんな国のまもりで?城へいっております。』


(訳注)石壕吏
石壕の役人。徴兵の様子を詠う。この詩の詠われた時代は安禄山の乱(755年〜763年)のうち、758年乾元元年(冬)〜759年乾元二年(春)のできごとになる。人民の生活は、疲弊しきっていたことを記録した詩。○石壕〔せきごう〕洛陽と潼關の間にある陜県にある村の名。河南省の三門峡ダムのある近くの陜県(東南の)東観音堂鎮(の西北の)山間で、現・甘壕村。陝州東南部、陝州、陝県(現・三門峡市)の東南40キロメートルに石壕鎮としされていた。・〔り〕下級役人。ここでは、徴兵の係官のことになる。事実、このころまでは女性の従軍もあった。



暮投石壕邨,有吏夜捉人。
日暮になって石壕の村にはいって泊まることになった。役人が徴兵のため夜になって(壮丁となる)男をつかまえようとしている。 
 夕暮れ。○ 投宿する。泊まる。とどまる。○ 村むら。鎮。○捉人 男をつかまえる。当時の徴兵制の一になる。○ とらえる。からめとらえる。つかまえる。○ 男。ここでは、壮丁となる男のことになる。『新安吏』に「府帖昨夜下,次選中男行。中男絶短小,何以守王城。」と詳しい。唐では民を年齢によって黄・小・中・丁・老などに区別する。年次によってちがいがあるが、天宝三載には十八歳以上を中男とし、二十三歳以上を丁とした


老翁逾墻走,老婦出門看。」
宿のおじいさんはつかまえられぬようにと垣根をこえて走りだす、おばあさんは門から出て外を見つめている。」
老翁 年老いた男性。おじいさん。○逾 乗り越える。こす。「踰」ともする。「逾」〔ゆ〕「踰」〔ゆ〕は、同義。「逾」:向こうへ進み越える。「踰」:跨いで越える。○ 〔しょう〕かき。かきね。塀。○ 逃げる。○老婦 年老いた女性。おばあさん。○出門 門を出る。外に出る。


吏呼一何怒,婦啼一何苦。
一体なんであのように役人が大声をだしておこるのか。どうしてあのようにおばあさんが苦しそうに啼いているのだろうか。
 大声でいう。怒鳴る。○一何 いったいどうして。本当に何と。何とまあ。一は語気助詞で、強調を表す。○ 勢い盛んな。はげしい。いかる。詩の前後の展開から見て、老婦がさっさと戸を開けなかったことへの怒りの声になろう。○ 女性。○ 声をあげて悲しみなく。○苦 くるしい。苦しむ。なやむ。つらい。きびしい。はげしい。


聽婦前致詞,三男?城戍。』
おばあさんがすすみでて役人に申しだす所をよくきいていると、次の如くいう、「わたくしに三人の男の児がありますがみんな国のまもりで?城へいっております。』
*ここから後は老婆の言葉になる。○ これは、杜甫が耳を欹(そばだ)てて聴いたということ。「聽」は、「聴こうとして聴く、よく聴く」こと。 ○ 前に進み出る。○致詞 〔ちし〕挨拶言葉を言う。○三男 三人の息子。○?城 〔ぎょうじょう〕相州。現・河南省安陽県。殷墟の近くになる。安慶緒を追いこんでいた。『舊唐書・肅宗李亨』乾元元年九月「大舉討安慶緒於相州。…王思禮破賊二萬於相州。」と、758年の暮れから翌年の春まで戦闘があった。○ 〔じゅ〕(国境を敵から)まもる。






石壕吏
暮投石壕邨,有吏夜捉人。
老翁逾墻走,老婦出門看。」
吏呼一何怒,婦啼一何苦。
聽婦前致詞,三男?城戍。』
#2
一男附書至,二男新戰死。
(出征している三人の息子たちのうちの)一人の息子が手紙を託(たく)して寄こしてきた。(その手紙に拠ると、そのうちの)ふたりの息子は(今回の戦役で)新たに戦死したということなのだ。
存者且偸生,死者長已矣。」
生きている者は、しばらくはこっそりと生きのびることもできようが、死んでしまった者は、永久に終わってしまったのだ。』
室中更無人,惟有乳下孫。
部屋の中には、もう誰も壮丁となるべき人物はいないのだ。ただ乳離れをしていない孫だけがいる。
有孫母未去,出入無完裙。』
孫は居るので、その孫の母(つまり息子の嫁)はまだ、実家へ戻ってはいない。だけど家の出入りといった日常生活のうえで、嫁としてまともな形のスカートになってはいないのだ。』

#3
老嫗力雖衰,請從吏夜歸。
急應河陽役,猶得備晨炊。」
夜久語聲絶,如聞泣幽咽。
天明登前途,獨與老翁別。』



石壕の吏  
暮に石壕村に投ず、吏 有り 夜 人を捉【とら】ふ。
老翁  墻【かき】を逾【こ】えて 走【に】げ、老婦  門を出【い】でて 看る。」
吏の呼ぶこと 一【いつ】に何ぞ怒【いか】れる、婦の啼くこと 一【いつ】に何ぞ 苦【はなはだ】しき。
婦の前【すす】みて詞を致すを 聽く、「三男【さんだん】?城【ぎょうじょう】の戍【まも】り。」
#2
一男【いちだん】は書を附して至る、二男【にだん】は新たに戰死す。
存する者は 且【か】つ生を偸【ぬす】む、死者は長【とこし】へに 已【や】んぬ矣【い】。」
室中には更に 人無く、惟(た)だ乳下の孫有り。
孫有りて母 未だ去らず、出入に完裙【かんくん】 無し。』
#3
老嫗【ろうう】力 衰【おとろ】ふと雖も、請【こ】ふ吏に從うて 夜歸らん。
急に河陽【かやう】の役【えき】に 應ぜば、猶ほ「晨炊【しんすゐ】に 備ふるを得ん。」と。」
夜久しくして 語聲絶ゆ、聞くが如し泣いて幽咽【ゆうえつ】するを。
天明前途に登らんとして、獨【ひと】り老翁と別る。」


現代語訳と訳註
(本文)#2
一男附書至,二男新戰死。
存者且偸生,死者長已矣。」
室中更無人,惟有乳下孫。
有孫母未去,出入無完裙。』


(下し文)#2
一男【いちだん】は書を附して至る、二男【にだん】は新たに戰死す。
存する者は 且【か】つ生を偸【ぬす】む、死者は長【とこし】へに 已【や】んぬ矣【い】。」
室中には更に 人無く、惟(た)だ乳下の孫有り。
孫有りて母 未だ去らず、出入に完裙【かんくん】 無し。』


(現代語訳)
(出征している三人の息子たちのうちの)一人の息子が手紙を託(たく)して寄こしてきた。(その手紙に拠ると、そのうちの)ふたりの息子は(今回の戦役で)新たに戦死したということなのだ。
生きている者は、しばらくはこっそりと生きのびることもできようが、死んでしまった者は、永久に終わってしまったのだ。』
部屋の中には、もう誰も壮丁となるべき人物はいないのだ。ただ乳離れをしていない孫だけがいる。
孫は居るので、その孫の母(つまり息子の嫁)はまだ、実家へ戻ってはいない。だけど家の出入りといった日常生活のうえで、嫁としてまともな形のスカートになってはいないのだ。』


(訳注)
一男附書至,二男新戰死。
(出征している三人の息子たちのうちの)一人の息子が手紙を託(たく)して寄こしてきた。(その手紙に拠ると、そのうちの)ふたりの息子は(今回の戦役で)新たに戦死したということなのだ。
 *「一男」の寄こした手紙の内容になる。○一男 「三男」(三人の息子)のうちの一人の息子。○ 託(たく)す。託(ことづ)ける。○ 手紙。○ くる。○二男 ふたりの息子。「三男」(三人の息子)のうちの息子二人。○ あらたに。


存者且偸生,死者長已矣。」
生きている者は、しばらくはこっそりと生きのびることもできようが、死んでしまった者は、永久に終わってしまったのだ。
存者 生きている者。○且 しばらく。しばし。○偸生〔とうせい〕こっそりと生きる。ひっそりと生きる。生をぬすむ。○長 とこしえに。永久に。 ・已矣 おしまいだ。終わってしまった。やんぬるかな。「已矣哉」は屈原の『楚辞・離騒』「亂曰:已矣哉!國無人莫我知兮,又何懷乎故キ? 既莫足與爲美政兮,吾將從彭咸之所居!」)、「已矣乎」は陶淵明の『帰去来兮辞』「已矣乎,寓形宇内復幾時。」にある。


室中更無人,惟有乳下孫。
部屋の中には、もう誰も壮丁となるべき人物はいないのだ。ただ乳離れをしていない孫だけがいる。
室中 部屋の中。○ この上に。ましてや。さらに。○無人 ここでは、壮丁となるべき人物はいない。○惟有 ただ…だけがある。惟≒唯。○乳下孫 乳離れをしていない孫。まだお乳を飲んでいる孫。


有孫母未去,出入無完裙。』
孫は居るので、その孫の母(つまり息子の嫁)はまだ、実家へ戻ってはいない。だけど家の出入りといった日常生活のうえで、嫁としてまともな形のスカートになってはいないのだ。
○有孫 孫はいるが。○ 孫の母=息子の嫁。○未去 まだ、実家へ戻ってはいない。○出入 家を出入りして、ご近所とお付きあいをするといった日常生活。○完裙 ちゃんとした当時のスカート。完全な形をしたスカート。嫁としての実態が完全でないことをいう。





石壕の村で役人が河陽へゆくべき人夫を徴発するとき、こどもを二人まで戦死させた老婦人が乳のみの愛孫を家にのこし、その夫の老翁に代って出かけることをのべた詩。製作時は前詩「 新安吏 」に同じ759年乾元2年48歳

 杜甫が衛八(家に泊まり『贈衛八処士』を作)に泊ったのは、二月末のことだ。まだ相州の敗戦(三月四日)のことを知るわけもないが、、。杜甫は前年末に華州を出てから二か月以上たっているので、華州に帰ろうとしていた。そのとき相州の敗報を聞いて驚愕した。
 華州へ帰る途中での見聞をもとにまとめたのが五言古詩の連作六首「三吏三別」(さんりさんべつ)で、いずれも戦争に駆り出される民の辛苦を詠ったもの。
 石濠村は洛陽の西110km余の陝州(せんしゅう:河南省三門峡市陝県)の村。杜甫はその村の家に一夜の宿を求めた。そこでの役人と差し出す家族との様子をあらわした。
役人がやってきて、兵に出す男を捉えようとする。老人は垣根を跳び越えて逃げ、老婦が応対に出る。杜甫はその様子を客観的に見ていた。


石壕吏
暮投石壕邨,有吏夜捉人。
老翁逾墻走,老婦出門看。」
吏呼一何怒,婦啼一何苦。
聽婦前致詞,三男?城戍。』
#2
一男附書至,二男新戰死。
存者且偸生,死者長已矣。」
室中更無人,惟有乳下孫。
有孫母未去,出入無完裙。』
#3
老嫗力雖衰,請從吏夜歸。
わたしは、老婆で、体力も衰えてはいますが、どうか、石壕の吏さまが夜に帰られる際、連れて行かせていただきたいのです。
急應河陽役,猶得備晨炊。」
国家の危急存亡の河陽の役に、お応【こた】えしてお役に立ちたいと存じます。これでもまだ、朝ご飯の準備くらいは、できるでしょう。』
夜久語聲絶,如聞泣幽咽。
夜は長く、話し声も途絶えたころになると、さすがに、幽【かす】かに咽【むせ】び泣いているのが聞こえてくる。
天明登前途,獨與老翁別。』
翌朝、空が明るくなると、わたしは華州への旅路に向かって出発するため、ひとりだけになったおじいさんと別れた。』

石壕の吏  
暮に石壕村に投ず、吏 有り 夜 人を捉【とら】ふ。
老翁  墻【かき】を逾【こ】えて 走【に】げ、老婦  門を出【い】でて 看る。」
吏の呼ぶこと 一【いつ】に何ぞ怒【いか】れる、婦の啼くこと 一【いつ】に何ぞ 苦【はなはだ】しき。
婦の前【すす】みて詞を致すを 聽く、「三男【さんだん】?城【ぎょうじょう】の戍【まも】り。」
#2
一男【いちだん】は書を附して至る、二男【にだん】は新たに戰死す。
存する者は 且【か】つ生を偸【ぬす】む、死者は長【とこし】へに 已【や】んぬ矣【い】。」
室中には更に 人無く、惟(た)だ乳下の孫有り。
孫有りて母 未だ去らず、出入に完裙【かんくん】 無し。』
#3
老嫗【ろうう】力 衰【おとろ】ふと雖も、請【こ】ふ吏に從うて 夜歸らん。
急に河陽【かやう】の役【えき】に 應ぜば、猶ほ「晨炊【しんすゐ】に 備ふるを得ん。」と。」
夜久しくして 語聲絶ゆ、聞くが如し泣いて幽咽【ゆうえつ】するを。
天明前途に登らんとして、獨【ひと】り老翁と別る。」


現代語訳と訳註
(本文)#3
老嫗力雖衰,請從吏夜歸。
急應河陽役,猶得備晨炊。」
夜久語聲絶,如聞泣幽咽。
天明登前途,獨與老翁別。』


(下し文)#3
老嫗【ろうう】力 衰【おとろ】ふと雖も、請【こ】ふ吏に從うて 夜歸らん。
急に河陽【かやう】の役【えき】に 應ぜば、猶ほ「晨炊【しんすゐ】に 備ふるを得ん。」と。」
夜久しくして 語聲絶ゆ、聞くが 如し泣いて幽咽【ゆうえつ】するを。
天明前途に登らんとして、獨【ひと】り老翁と別る。」


(現代語訳)#3
わたしは、老婆で、体力も衰えてはいますが、どうか、石壕の吏さまが夜に帰られる際、連れて行かせていただきたいのです。国家の危急存亡の河陽の役に、お応【こた】えしてお役に立ちたいと存じます。これでもまだ、朝ご飯の準備くらいは、できるでしょう。』
夜は長く、話し声も途絶えたころになると、さすがに、幽【かす】かに咽【むせ】び泣いているのが聞こえてくる。
翌朝、空が明るくなると、わたしは華州への旅路に向かって出発するため、ひとりだけになったおじいさんと別れた。』


(訳注)
老嫗力雖衰,請從吏夜歸。
わたしは、老婆で、体力も衰えてはいますが、どうか、石壕の吏さまが夜に帰られる際、連れて行かせていただきたいのです。
老嫗〔ろうおう〕老女。老婆。おうな。ここでは、自称になる。○ …ではあっても、…とはいうものの。…といえども。○ どうぞ、お願い致します。お願いする。こう。○ したがえる。○夜歸 吏が夜に本営に帰る。


急應河陽役,猶得備晨炊。」
国家の危急存亡の河陽の役に、お応【こた】えしてお役に立ちたいと存じます。これでもまだ、朝ご飯の準備くらいは、できるでしょう。
 *ここまでが老婆の言葉になる。○ 緊急事態。切迫した事態。にわかな変事。また、事態のさしせまったさま。いそいで。○ (相手のことがこちらの心に響き)こたえる。ここでは切迫した事態に対応するということになる。○河陽役 洛陽を繞る争いで、759年乾元二年の河陽での戦役になる。当時作者が泊まったこの詩の石壕村の近く。○…できる。○晨炊 朝の炊事。


夜久語聲絶,如聞泣幽咽。
夜は長く、話し声も途絶えたころになると、さすがに、幽【かす】かに咽【むせ】び泣いているのが聞こえてくる。
*この出来事の後、残された村人や老翁の描写になる。○夜久 夜が長い。夜長。○語聲 話し声。語る声。○絶 途絶える。○如聞 聞こえてきたようだ。○泣 涙を流して泣く。○幽咽 〔いうえつ〕秘かに咽(むせ)び泣く。喉をつまらせて泣く。


天明登前途,獨與老翁別。』
翌朝、空が明るくなると、わたしは華州への旅路に向かって出発するため、ひとりだけになったおじいさんと別れた。
天明 夜が明ける。空が明るくなる。○ (意識上、高い所に占める場所へ向かって)出発する。主語は作者・杜甫になる。○前途 目的地までの道のり。これから先の行程。杜甫は、ここ陜県の石壕村を発った後、潼關を通り、華州の参軍を目指していた。ここでは華州への旅程。○ 作者は最初からひとり、老婆が夜出たから、逃げていたおじいさんが一人になったのだ。その年老いた男性と別れる。○ 共に一人。

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